イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、
マタイの福音書 4:4
神の口から出る一つ一つのことばで生きる』と書いてある。」
今日はイースター(復活祭)です!イースターはユダヤ人がエジプトの奴隷だった時の「過ぎ越し」に由来します。
神様は裁きを下す際、門に小羊の血を塗るよう命じられました。その血を見た死の霊は、その家を「過ぎ越して」いきました。これはイエス様の十字架の型です。イエス様が血を流されたことで、信じる私たちは裁きに合わず、きよめられました。私たちは、自分の人生にこの「血」を宣言する必要があります。悪魔は血が塗られている場所には力を失うからです。
復活の力
小羊の血で守られた後、彼らはその羊と種なしパン(罪のないキリストの体の象徴)を食べなければなりませんでした。これによってキリストと一体になり、霊的な力を得るのです。
クリスマスよりもイースターが大事なのは、イエス様が復活されたことに私たちの新しい命があるからです。
自分が罪に死ぬ時、復活が待っています。もう肉の人として生きる必要はありません。
罪や問題に悩まされる必要はないのです。
聖書には「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4:4)とあります。サタンに誘惑された時、イエス様はこの言葉で答えられました。「パン」とは肉に必要なものですが、それだけで生きようとすると不足を感じ、大事なものを失います。私たちは霊的な存在として復活した新しい身分ですから、世の中の方法ではなく、霊的領域からの解決をいただく必要があるのです。
心の「要塞」を打ち破る
私たちの戦いの武器は肉のものではなく、神の見舞で要塞をも破るほどに力のあるものです。
この「要塞」とは、私たちの内側にある「こうでなければならない」というこだわりや、
神の知識に逆らって立つ高ぶり、マイナス思考のことです。
例えば、私の腕に大きな粉瘤(しこり)ができた時のことです。
医者に行っても治らず、悪魔は「これは癌になるぞ」という恐れを植え付けてきました。
しかし私は「人はパンだけで生きるのではない」と宣言し、癒やしを信じて祈りました。
すると翌朝、膿が出て癒やされたのです。現実を無視するのではなく、敵の全身を認めず、御言葉を宣言して要塞を打ち破ることが重要です。
人生目的の転換、神への応答
救いとは、生きる動機が自分中心から神様へと変わることです。
富める青年の話がありますが、彼は「どうすれば救われるか」と問いながらも、自分の財産を捨てることはできませんでした。イエス様が「持ち物を売れ」と言ったのは、人生の目的を自分ではなく神に置きなさいという意味です。
自分の方法やタイミングを手放して神に従う時、100倍の祝福の鍵が開かれます。
イエス様は私たちを「しもべ」ではなく「友」と呼び、ご自身の思いを共有してくださいます。
神の思いを知ると、隣人の苦しみが見えるようになり、共同体のために自分を用いるようになります。
「私を呼べ」という神の招き
エレミヤ書33章3節には「私を呼べ。そうすれば、私はあなたに答え、あなたの知らない、理解を超えた大いなることを告げる」とあります。神様は私たちの必死な声を求めておられます。
私は24歳の時、ブラジルで「神様を求めなければ死んでしまう」という思いで一人で教会を探し、通い始めました。そこから私の人生は変わり始めました。神様への応答は、仕事をやめることではなく、今の場所で自分を捧げることです。
結論:新しい決断と歩み
全世界を手に入れてもまことのいのちを損したら何の意味もありません。目に見える世界の繁栄よりも、見えない霊的な世界の豊かさを求めましょう。勝利の秘訣は、結果だけではなく、日々の過程で自分を捨て、神の方法を選び続けることにあります。

